遠江・見付のまちの歴史と文化

ENSHU BEN | 磐田・中遠のことば

遠州弁辞典
ことばに残る、まちの記憶

「だら」「だに」「やぶせったい」── 磐田を中心とする中遠地域で受け継がれてきた方言、遠州弁。何気なく使っている言葉も、外の人には通じない、このまちならではのことばかもしれない。語彙と、その使い方、そして文法の特徴を集めた覚え書きである。

遠州弁という、ことばの土地

磐田を中心とする中遠地域は、日本語の東西方言が交わる「漸移地帯」にある。否定に西日本ふうの「〜ん」を使う一方、東日本の特徴も併せ持つ。天竜川の東西、中遠と東遠でも少しずつことばが変わる、連続体としての方言である。同じ遠州弁でも、浜松・袋井・磐田で違いがあり、世代によっても使い方が移ろっている。

語尾でわかる、遠州弁

遠州弁らしさは、文末に最もよく表れる。同じ「〜だろう」でも、確信の度合いや相手への配慮によって「ずら・だら・ら」を使い分け、さらにイントネーションでニュアンスが変わる。近年は古い「ずら」が衰退し、「だら」「ら」が若い世代まで広く使われている。

言い方意味・はたらき
だら/ら〜だろう、〜でしょ。推量・確認を求める。遠州弁の代表格。行くら?=行くでしょ?
ずら〜だろう。古くからの推量表現。今は高齢層中心で衰退傾向。そうずらなあ。=そうだろうなあ。
だに/に〜だよ、〜なんだよ。断定・念押し。名詞・形容動詞には「だに」、動詞・形容詞には「に」。明日から10月だに。/早いに。
だもんで〜だから。理由を、押しつけずやわらかく述べる。静岡を代表する接続表現。雨だもんで、傘持ってきな。
じゃんね/じゃんか〜じゃない。同意を求めたり、話を次へ繋ぐ。「じゃんか」は念押し・詰問。昨日さ、〜だったじゃんね。
〜か。「〜か?」の角を取り、やわらかく問う。これけ?=これなの?
同じ「だら」でも、イントネーション次第。
行くら?(上げる)=行くよね?/ 行くらぁ(下げて伸ばす)=行くに決まってる/ 行くらっ?(つめる)=行きましょうよ。限られた語尾に抑揚を掛けて、繊細に気持ちを伝え分ける。

否定・推量・命令・誘い

文法の核は、否定・推量・勧誘・命令にある。否定は西日本ふうの「〜ん」。過去否定には古い「〜なんだ」と新しい「〜んかった」が、世代で競合する。誘いの「〜まい」、やわらかい命令の「〜りん/〜きん」「〜ない」「〜ごう」も特徴的である。

はたらき遠州弁
否定〜ん行かん=行かない
過去否定〜んかった/〜なんだ降らなんだ=降らなかった
可能(ら抜き・れ足す)食べれる/行けれるこれ食べれる?/一人で行けれる
強い不可能〜やせん/〜れやせんそんなん行けやせん=到底行けない
勧誘〜まい(か)/やらまいみんなでやらまい=みんなでやろう
やわらか命令〜ない/〜ごう/〜りん食べてごぅ/早く起きない

「ん」に集まる助詞、品詞のつくりかえ

会話のテンポを重んじて、格助詞「が・の・を・に」がしばしば落ちたり、撥音「ん」に置きかわったりする。また、形容動詞の語尾に「い」を付けて形容詞にする、独特の言い回しもある。

種類標準語 → 遠州弁
助詞が「ん」に雨が降ってきた → 雨ん降ってきた
俺の手ぬぐい → 俺ん手ぬぐい
大工になった → 大工んなった
形容動詞→形容詞横着な → 横着い/上手な → 上手い(じょうずい)
賑やかな → 賑やかい/丈夫な → 丈夫い

「イワタ」のアクセント

遠州では、ことばの最初の音を強く言う「頭高型」が好まれる。標準語では平板に言う「あくび」も、遠州では「あ」を強く言う。地名でもこの傾向は強い。「磐田」を、全国的な放送では平板に「イワタ」と読むが、地元では「イ」を強く言う頭高型の「イワタ」である。

「ジュビロ磐田」のアクセント問題。
1993年のJリーグ発足で全国放送が平板の「イワタ」と読んだところ、地元から「発音が違う」と声が上がった。地元放送局やクラブの働きかけで、今では全国でも地元と同じ頭高型の「イワタ」で読まれている。アクセントは、地域への帰属意識そのものなのである。

「やらまいか」── ことばに宿る気質

遠州人の気質を最もよく表すのが「やらまいか(一緒にやろうじゃないか、とにかくやってみよう)」である。失敗を恐れず新しいことに挑む進取の気性を表し、ヤマハやスズキといった企業を生んだ風土の支柱ともいわれる。一方で、「いいにする」「やっきりこく」「しょんない」といった言葉には、対立を避け、穏やかに物事を収めようとする心性もにじむ。挑む気概と、和を尊ぶやわらかさ。その両方が、遠州のことばには息づいている。

この辞典は、磐田・中遠地域を中心とした遠州弁を集めたものである。遠州弁は浜松・袋井・磐田など地域によって、また世代によって使い方や意味に違いがあり、ここに載せた意味や用例は一例である。土地や人によって異なる場合があり、お気づきの点は少しずつ書き加え、直していきたい。
主な参考:磐田市周辺部の遠州弁に関する調査報告(音声・形態・語用論的特徴の分析)/磐田市立図書館所蔵『磐田地方の方言集』ほか郷土資料/静岡大学・国立国語研究所系の方言研究 ほか