四月の中ごろ、磐田市池田の行興寺(ぎょうこうじ)の境内は、紫の雲に覆われる。一・五メートルにも垂れ下がる藤の花房が、棚いっぱいに揺れる。国の天然記念物「熊野(ゆや)の長藤」である。その「ゆや」という名は、地名ではない。ひとりの女性の名に由来している。
紫のカーテン ── 国の天然記念物
行興寺の藤は、昭和七年(一九三二年)七月二十五日に、国の天然記念物に指定された。品種はノダフジ。推定樹齢は約八百五十年とも伝えられる古木で、根もとの周囲は約一・八メートル、花房は長いもので一・五メートルに達する。文化庁の記録も「藤の巨樹として有数のもの」と記している。
境内には、この国指定の一株のほか、静岡県の天然記念物に指定された五株もあり、合わせた蔓(つる)が一面の藤棚に広がる。見頃の時期には「池田・熊野の長藤まつり」が開かれ、夜にはライトアップもされる。花の盛りは年によって前後するため、訪ねるなら開花情報を確かめてからがよい。
熊野御前と、平宗盛 ── 伝えられる物語
ここから先は、史実というより、語り継がれてきた伝承である。藤を植えたと伝わるのは、熊野御前(ゆやごぜん)という女性だ。言い伝えでは、彼女はこの地・池田の荘(しょう)の長者の娘であった。平安の末、平家の貴公子・平宗盛(たいらのむねもり)に見初められて都へ上り、寵愛を受けたという。
やがて、故郷の母が重い病にあると知った熊野は、帰郷を願う。その切ない心を歌に託した挿話が、よく知られている。母の冥福を祈ってお堂を建てたのが行興寺の始まりと伝わり、境内の藤も、熊野が植えたもの、あるいはその子孫の木だといわれている。寺の創建年や宗派については、はっきりした記録が乏しく、ここでは「そう伝えられている」とだけ記しておきたい。
花の名に、ひとりの女性の名が残っている。母を思い、故郷を思ったその人の心が、八百年の藤となって、今も春ごとに咲く。
能『熊野』の舞台として
熊野御前の物語は、能(謡曲)の名曲『熊野(ゆや)』として、いまも舞われ続けている。世阿弥の作と伝えられ、『平家物語』の一場面をふくらませたものと考えられている。劇中に出てくる「遠江の国・池田」が、この磐田市池田にあたる。境内には、熊野御前の墓と伝わるものも残る。
国の天然記念物という確かな事実と、能や言い伝えに彩られた物語と。その両方が一本の藤に重なっているところに、この花の奥行きがある。春、紫のカーテンの下に立つとき、花の美しさだけでなく、そこに託された誰かの祈りにも、そっと耳を澄ませてみたい。
行興寺と長藤の手がかり
- 行興寺
- 磐田市池田。天竜川左岸。境内に「熊野の長藤」と熊野御前の墓と伝わるものがある。
- 熊野の長フジ
- 国指定天然記念物(昭和7年7月25日指定)。ノダフジ、推定樹齢約850年。国指定1株+県指定5株。
- 藤まつり
- 例年4月中旬〜下旬が見頃。ライトアップあり。会期・駐車場は年により変動。
- 留意
- 熊野御前・平宗盛の物語、寺の創建年・宗派は伝承・郷土史によるもの。