銚子塚古墳と、
遠江を治めた王の眠り
磐田のまちの北西、寺谷というあたり。天竜川にのぞむ磐田原台地の西のへりに、銚子塚古墳はある。木におおわれた、ゆるやかな丘。何気なく見れば、ただの小山だが、これは自然の地形ではない。人の手で、土を盛り上げて築かれた、巨大な墓である。前方後円墳――鍵穴のような形をした、古代の王の墓だ。
磐田原に眠る、大きな墓
銚子塚古墳の全長は、およそ百十メートルにおよぶ。これは、静岡県内に数ある古墳のなかでも、第三位という大きさである。円い部分(後円部)と、ばちのように広がる部分(前方部)が、一体となった前方後円墳の形をしている。「銚子塚」という名は、この古墳を横から見た形が、酒をそそぐ器の「銚子」に似ていることに由来すると伝えられる。土地の人が、その姿に名をつけた。素朴だが、なんとも親しみのこもった呼び名である。
この古墳が築かれたのは、古墳時代前期、四世紀の後半ごろと推定されている。今からおよそ千六百年前。聖武天皇が国分寺を建てた奈良時代よりも、さらに四百年ほどもさかのぼる、はるかに古い時代である。文字による記録がほとんど残っていない時代だ。だからこそ、こうして地上に残された巨大な墓そのものが、その時代を知るための、何より雄弁な手がかりになる。
これを築かせた「王」がいた
これほど大きな墓を築くには、たいへんな労力がいる。大勢の人々を動員し、長い時間をかけて土を盛り、形を整える。それを成し遂げさせる力をもった人物――つまり、この一帯を治めていた豪族の首長が、ここに葬られていると考えられている。いわば、古代の磐田の「王」である。
その力のほどは、墓から出土したものからも、うかがい知ることができる。明治十三年(1880年)、後円部が発掘された際には、銅鏡や、巴形の銅器、銅の鏃(やじり)などが見つかったと伝えられている。とりわけ銅鏡は、当時、大和の政権から各地の有力者へと贈られた、権威の象徴だった。つまり、この磐田の王は、遠くヤマトの中央政権とつながりをもつ、有力な人物だったのである。天竜川流域という交通の要衝を押さえ、大きな力をふるった首長の姿が、墓を通して浮かびあがってくる。
そして、この銚子塚古墳のすぐ近くには、小銚子塚古墳という、もう一つの古墳が寄りそっている。こちらは全長約四十六メートルの「前方後方墳」――前方後円墳とは違い、後ろの部分も四角い形をした、めずらしいタイプの古墳である。静岡県内では、わずか五例しか知られていない貴重なものだという。さらに、この一帯には全部で十基ほどの古墳が点在し、「銚子塚古墳群」を形づくっている。一人の王だけでなく、その一族や、後を継ぐ者たちが、代々この台地に葬られていったのだろう。
国府よりも、古い始まり
これまで磐田物語では、奈良時代の国分寺や国府、平安の総社など、古代磐田の中心をたどってきた。だが、この銚子塚古墳は、それらよりもさらに古い時代の磐田を、私たちに教えてくれる。国の役所が置かれるよりずっと前、四世紀の磐田原には、すでに大きな力をもった豪族がいて、人々を率いて暮らしていた。その積み重ねがあったからこそ、のちにこの地が遠江国の中心として選ばれたのだとも考えられる。
磐田というまちには、九百基を超える古墳が点在するといわれる。それだけ多くの古墳があるということは、それだけ古くから、この地が栄えていたということにほかならない。銚子塚古墳は、その数ある古墳のなかでも、とびきり大きく、とびきり古い。まちの始まりの、いちばん深いところに横たわる記憶なのである。
次の世代へ、手渡したいもの
銚子塚古墳は、ただの古い丘なのではない。ここは、文字の記録もない遠い時代に、磐田の地を治めた王が眠る墓である。大和とつながり、この一帯に大きな力をふるった人物が、たしかにいた。その証が、千六百年の時を越えて、磐田原の台地に、確かな形をとどめている。
古墳は、ともすれば、ただの「山」として見過ごされてしまう。木が茂り、草におおわれ、いつしか自然の地形のように見えてくる。けれど、これが人の手で築かれた王の墓であり、まちの始まりの証だと知っていれば、その丘は、まったく違う重みをもって目に映る。残すべきは、丘そのものだけではない。「ここに古代の王が眠っている」という記憶もまた、受け継ぐべきものなのである。
磐田原の古墳のそばを通るとき、子どもにひとこと伝えてみる。「あの丘はね、千六百年も前の、磐田の王さまのお墓なんだよ」と。なんでもない小山が、急に、はるかな時間の入り口に見えてくる。次の世代へ残したいのは、そうやって「足もとに眠る、まちのいちばん古い記憶」へと、心を向けるまなざしなのだと思う。
主な参考
- Wikipedia「銚子塚古墳 (磐田市)」
- しずおか文化財ナビ・文化遺産オンライン「銚子塚古墳 附 小銚子塚古墳」(国指定史跡)
- 磐田市観光協会「銚子塚古墳附小銚子塚古墳」/静岡県教育委員会 学習資料