府八幡宮と、
国府のまちの守り神
JR磐田駅の北口から、天平通りをまっすぐ北へ歩く。十五分ほどで、左手に遠江国分寺跡の芝生が広がり、その道をはさんだ向かい側、東側に、こんもりとした森が見えてくる。府八幡宮である。聖武天皇の命でつくられた国分寺と、国府の守り神として祀られた八幡宮とが、一本の道をへだてて向かい合っている。この配置そのものが、古代の磐田の姿を今に伝えている。
黒ずんだ楼門の前で
木の鳥居をくぐると、参道の奥に楼門が構えている。長い年月を経て黒ずんだその姿は、簡素でありながら、どっしりとした風格をたたえている。この楼門は、江戸時代の寛永12年(1635年)に建てられたもので、静岡県の指定文化財になっている。桃山の様式を残す二階建ての門で、府八幡宮を訪れる人が、まず心をひかれる建物である。
楼門の奥には、本殿、拝殿、中門が連なる。本殿はさらに古く、元和3年(1617年)の造営と伝えられ、こちらは磐田市の指定文化財である。中門や拝殿もまた市の文化財に指定されており、境内の建物の多くが、江戸時代に建てられたまま、今に伝えられている。ひとつの神社に、これほど多くの古い建物がまとまって残っているのは、それだけこのまちが、この社を大切に守ってきたということだろう。
祭神は、誉田別命――応神天皇である。あわせて、その父にあたる仲哀天皇(足仲彦命)、母にあたる神功皇后(気長足姫命)の三柱が祀られている。八幡さまは、古くから国や地域を守る神として、全国で広く信仰されてきた。この府八幡宮も、まさに「国を守る」という願いを担って建てられた社であった。
国府の守り神として
府八幡宮の創建は、奈良時代の天平年間(729〜748年)にさかのぼると伝えられている。向かいの国分寺が建てられたのと、ほぼ同じころである。この社を祀ったとされるのが、桜井王という人物だ。天武天皇の曽孫、聖武天皇の曽孫とも伝えられる皇族で、遠江国司として、この地に赴任してきた。今でいえば、県知事のような立場である。
遠い都から、遠江という国を治めるためにやってきた桜井王は、この国がよく治まるようにと願って、国府の守りとして八幡神を祀った。「国府のあるところの八幡宮」であるから、もともとは「国府八幡宮」とも呼ばれ、それが縮まって「府八幡宮」となったと伝えられる。地元の人々は、今も親しみをこめて「八幡さま」「中泉の八幡さま」と呼ぶ。社の名そのものに、ここが国府のまちであった記憶が、刻みこまれているのである。
興味深い言い伝えもある。遠江国府は、最初は二之宮・御殿のあたりに置かれ、のちに見付地区へ移っていったとされるが、その移転までの間、一時、この府八幡宮の境内に国府が置かれていた、とも伝えられているのである。真偽を確かめる手立ては乏しいが、もしそうであれば、この森のどこかに、かつて遠江国の役所があり、役人たちが行き交っていたことになる。社の静けさの底に、古代の喧騒が眠っているのかもしれない。
まちの記憶が集まる森
府八幡宮の境内は、およそ四万平方メートルにおよぶ。そのほとんどが、豊かな自然林におおわれている。クスノキやスギの大木が空をふさぎ、まちのただなかにいることを忘れさせるほどの静けさがある。この森は、静岡県の「ふるさと自然百選」にも選ばれている。古代から続く信仰の場が、同時に、まちに残された貴重な緑の島でもあるのだ。
秋になると、この境内は一年でいちばんのにぎわいを見せる。府八幡宮祭典である。見付や中泉の各地区から、山車や屋台がくり出し、囃子の音とともに境内に集まってくる。ふだんは静かな森が、人の声と祭りの熱気に満ちる。古代の国司が国の平安を願って祀った社が、千数百年を経た今も、まちの人々が一年の節目に集まる場であり続けている。これは、なかなかに得がたいことだと思う。
厄除けや安産、合格祈願にと、府八幡宮は今も日々、人々の願いを受けとめている。古代には国の安泰を、今は一人ひとりの暮らしの安らぎを。祈りの中身は時代とともに変わっても、ここで手を合わせるという営みそのものは、ずっと変わらずに続いてきた。
次の世代へ、手渡したいもの
府八幡宮は、ただ古い神社なのではない。向かいの国分寺跡とあわせて見るとき、はじめてその意味が立ちあがってくる。聖武天皇の命でつくられた寺と、国司が祀った社。寺と社が道をはさんで向かい合うこの一帯は、まるごと、遠江国の中心だった古代磐田の姿そのものなのである。
国分寺は建物を失い、芝の広場となった。けれど府八幡宮は、楼門も本殿も、江戸時代の姿のまま、今も生きて建っている。失われたものと、受け継がれたもの。その両方が、天平通りをはさんで隣り合っている。だからこそ、この二つはあわせて歩いてほしい場所だと思う。一方だけでは見えないものが、二つを行き来することで見えてくる。
休日に、この森を子どもと歩くとき、ひとこと伝えてみる。「この八幡さまはね、昔このまちが遠江でいちばんえらい場所だったころ、まちを守るために建てられたんだよ」と。黒ずんだ楼門が、急に違って見えてくるかもしれない。次の世代へ残したいのは、立派な建物そのものというより、この森とこの道が、千年をこえてまちの記憶を抱えているのだ、という感覚なのだと思う。
主な参考
- 磐田市公式ウェブサイト「府八幡宮楼門」(県指定文化財)
- 府八幡宮 公式ウェブサイト「府八幡宮について」
- 磐田市観光協会「府八幡宮」/静岡新聞アットエス/Wikipedia「府八幡宮」