失われる前に、磐田の記憶を記録し、次の世代へ手渡す

磐田物語の地域整理 ─ 基礎台帳

磐田物語の地域分類 ── 9つの地域と、その成り立ち

磐田物語は、磐田市の地域を「見付・中泉・御厨・豊田・南部・向陽・竜洋・福田・豊岡」の9つに分けて整理しています。この分類は、いまの暮らしの手がかりである小学校区・中学校区に、明治と平成という二つの時代に生まれた「旧町村」の記憶を重ね合わせたものです。地域史・地名・古写真・古地図を読み解くための、基礎となる地図帳です。

磐田物語では、磐田市の地域を9つの分類で整理します。分類の名は、見付・中泉・御厨・豊田・南部・向陽・竜洋・福田・豊岡。歴史的なまとまりと、現在の生活圏の両方を手がかりに選んだ呼び名です。

このページは、磐田物語が地域史コンテンツを整理するための「分類の考え方」を示すものです。学校区の対応は、現在の暮らしを手がかりにするための補助であり、通学指定そのものを示すものではありません。正確な通学区域は、必ず磐田市公式の最新情報をご確認ください。

なぜ「9分類」なのか

地域の歴史は、いまの住所表示だけでは見えにくくなっています。平成の大合併を経て磐田市が広がり、古い町村の名は地図から消え、新しい町名や丁目が重ねられてきました。けれども、祭り・神社・方言・暮らしの記憶は、いまも旧い地域のまとまりに沿って残っています。

そこで磐田物語では、「現在の小学校区・中学校区」という今の生活圏と、「明治・平成の旧町村」という歴史のまとまりを重ね合わせ、9つの地域分類を設けました。学校区はあくまで現在の手がかりであり、各分類を支える土台は、その地に積み重なってきた旧町村の歴史です。学校ごとの詳しい記録は、今後あらためて整理していきます。

旧町村名にみる、二つの歴史の層

9分類に対応する「旧町村名」は、成り立ちの時代によって大きく二つに分かれます。前者は明治の地方自治のはじまり、後者は平成の市町村合併の直前まで存在した町村です。

明治の町村制 / 1889年(明治22年)〜

見付・中泉・御厨・南部・向陽

1889年(明治22年)4月1日の市制・町村制施行で成立した町村を基礎とする5分類です[1]。ただし御厨に含まれる南御厨村のみは、1894年(明治27年)に御厨村から分かれて成立しました[2]

旧見付町/旧中泉町/旧御厨村ほか

平成の大合併 / 〜2005年(平成17年)

豊田・竜洋・福田・豊岡

2005年(平成17年)4月1日、(旧)磐田市とこれら磐田郡の町村が新設合併し、現在の磐田市が発足しました。4分類は、その合併直前まで存在した町村に対応します[3]

旧豊田町/旧竜洋町/旧福田町/旧豊岡村

磐田物語の地域分類表

下表は、磐田物語の9分類を、旧町村名・中学校・小学校・大字(町名)とともに一覧にしたものです。地域分類名にリンクがあるものは、その地域の総説・歴史ページへ進めます。旧町村名の右肩の番号は、ページ下部の脚注に対応します。

※ スマートフォンでは表を左右にスクロールできます。旧町村名・小学校はそれぞれ1つずつ改行して並べています。

番号 地域分類 旧町村名 中学校 小学校 大字・町名
01 見付 旧見付町[1] 城山中学校 磐田北小学校
富士見小学校
東部小学校の一部
水堀、緑ケ丘、今之浦四丁目、今之浦五丁目、見付の一部、安久路一丁目の一部、中泉の一部、城之崎四丁目の一部、富士見町、富士見台、元天神町、岩井の一部、西貝塚の一部、向笠新屋の一部、東部小学校区のうち城山中学校に属する区域
02 中泉 旧中泉町[1] 磐田第一中学校 磐田中部小学校
磐田西小学校
中泉一丁目、中泉二丁目、中泉三丁目、中泉四丁目、二之宮、二之宮浅間、二之宮東、大泉町、今之浦一丁目、今之浦二丁目、今之浦三丁目、鳥之瀬、中泉の一部、見付の一部、国府台の一部、豊島の一部、西貝塚の一部、京見塚、一言の一部、天龍の一部
03 御厨 旧西貝村[1]
旧御厨村
旧南御厨村[2]
旧田原村
神明中学校 東部小学校の一部
田原小学校
西之島、上南田、安久路一丁目、安久路二丁目、城之崎、鎌田、新貝、新貝一丁目、新貝二丁目、新貝三丁目、東貝塚、稗原、東脇、新出、和口、東新屋、大立野、東新町、西貝塚の一部、富士見台の一部、見付の一部、明ケ島の一部、玉越、西島、三ケ野、三ケ野台、明ケ島原、彦島、岩井の一部
04 豊田 旧豊田町[3] 豊田中学校
豊田南中学校
豊田北部小学校
豊田東小学校
豊田南小学校
青城小学校
富里、東名、豊田、加茂、池田、富丘、東原、高見丘、小立野、上新屋、森岡、弥藤太島、上万能、一言の一部、豊田西之島、長森、源平新田、森下、下万能の一部、宮之一色、中田、気子島、海老塚、笹原島、立野、森本、上本郷、下本郷、赤池
05 南部 旧天竜村[1]
旧長野村
旧於保村
南部中学校 磐田南小学校
長野小学校
天龍の一部、豊島、北島、千手堂、万正寺、中野、上大之郷、下岡田、上岡田、大原の一部、下大之郷、浜部、鮫島、小島、野箱、白拍子、草崎、前野、新島、長須賀、真光寺、刑部島
06 向陽 旧大藤村[1]
旧向笠村
旧岩田村
向陽中学校 向陽小学校 大久保、藤上原、平松掛下入作、笠梅、向笠新屋、向笠竹之内、向笠西、篠原、岩井の一部、匂坂新、匂坂中、匂坂上、寺谷、寺谷新田
07 竜洋 旧竜洋町[3] 竜洋中学校 竜洋東小学校
竜洋西小学校
竜洋北小学校
駒場、岡、西平松、中平松、飛平松、東平松、海老島、竜洋稗原、大中瀬、小中瀬、南平松、須恵新田、請負新田、浜新田、掛塚、十郎島、白羽、川袋、豊岡、竜洋中島、宮本、高木、松本、堀之内、平間
08 福田 旧福田町[3] 福田中学校 福田小学校
豊浜小学校
福田、福田中島、下太、塩新田、一色、清庵新田、太郎馬新田、南田、宇兵衛新田、南田伊兵衛新田、大原の一部、五十子、南島、蛭池、東小島、豊浜中野、豊浜
09 豊岡 旧豊岡村[3] 豊岡中学校 豊岡南小学校
豊岡北小学校
上神増、社山、壱貫地、神増、惣兵衛下新田、平松、掛下、松之木島、三家、下神増、上野部、下野部、合代島、新開、大当所、敷地、家田、岩室、大平、虫生、万瀬

この分類について

磐田物語では、学校区を単なる通学区域としてだけでなく、地域の記憶を整理するための手がかりとして扱います。同じ町名でも「一部」とされる区域があるため、番地単位の厳密な確認が必要な場合は、磐田市公式の通学区域情報をご確認ください。

今後、各分類から、見付宿、中泉、御厨、旧豊田町、竜洋、福田、豊岡などの地域史ページへリンクを広げ、旧町村ごとの沿革や、合併で閉じた学校の記憶なども、順次まとめていきます。

脚注

  1. 明治の町村制(1889年・明治22年) ── 1889年(明治22年)4月1日、市制・町村制の施行により、静岡県では1市31町305村が設置された。「見付・中泉・御厨・南部・向陽」の5分類は、このとき成立した町村(見付町・中泉町・御厨村・西貝村・田原村・天龍村・長野村・於保村・大藤村・向笠村・岩田村など)を基礎としている。これらはのちの昭和の合併で磐田町・磐田市などへ統合された(例:見付町・中泉町・西貝村・天龍村は1940年〈昭和15年〉に合併して磐田町となった)。
  2. 南御厨村の例外(1894年・明治27年) ── 御厨分類に含まれる旧町村のうち、南御厨村のみは町村制施行(1889年)より後の成立である。1894年(明治27年)5月31日、山名郡御厨村の一部が分立して南御厨村が成立した。そのため御厨の旧町村名は、明治22年成立分(西貝村・御厨村・田原村)と明治27年成立分(南御厨村)が混在している。
  3. 平成の大合併(2005年・平成17年) ── 2005年(平成17年)4月1日、(旧)磐田市と磐田郡の豊田町・竜洋町・福田町・豊岡村が新設合併し、現在の磐田市が発足した。「豊田・竜洋・福田・豊岡」の4分類は、この合併直前まで存在した町村に対応する。各町村の成立は次のとおり ── 福田町:1926年(大正15年)福島村が町制施行・改称、竜洋町:1955年(昭和30年)掛塚町・袖浦村・十束村が新設合併、豊岡村:1955年(昭和30年)広瀬村・野部村・敷地村が新設合併(最後まで「村」のまま合併を迎えた)、豊田町:1973年(昭和48年)豊田村が町制施行。

出典・参考情報

本ページは、上記の公的情報・各種事典を参考に、磐田物語の地域史コンテンツ整理用に独自に再構成したものです。年月日は市区町村変遷情報に基づきますが、通学区域や住所表示の正確な確認は、必ず磐田市公式情報をご参照ください。

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