掛塚の秋を彩る貴船神社の例祭「掛塚まつり」は、かつて日本海海運と江戸を結んだ廻船問屋の富の象徴です。九つの町からくり出す屋台は、他地域の手本となったほど華麗で、漆と金箔のなかに江戸・明治期の名工たちの精緻な彫刻が施されています。
- 廻船問屋が競った富の結晶:江戸や名古屋の第一流の彫刻師、塗師、金具師を呼び寄せ、採算を度外視して極限の豪華屋台を築き上げました。
- 諏訪立川流と名古屋御用彫師の共演:諏訪の立川流や、名古屋の江坂兵衛一門、彫長など、当時の最高峰の彫刻師たちがその技を競い合いました。
- 遠州屋台文化の源流:掛塚の屋台様式(総漆塗り・御簾脇の彫刻・箱段など)は、浜松や周辺地域の祭り屋台の設計に決定的な影響を与えました。
海の安全と豊漁を祈る貴船神社の秋祭り
毎年十月の第二土曜・日曜に行われる掛塚まつりは、天竜川河口の鎮守である貴船神社(きぶねじんじゃ)の例大祭です。この祭りの起源は中世にまで遡るとされ、水運と航海の安全を祈願する神事として発展してきました。江戸時代に入り、掛塚が廻船の湊町として未曾有の繁栄を極めるようになると、祭りもまたその富を背景に、急速に華麗さを増していきました。
祭りの主役は、神輿の渡御に供奉する九台の「大屋台」です。これらは単なるお囃子の舞台ではなく、掛塚の人々が海へ注いだ情熱と、湊町の誇りそのものが形になった移動式の美術工芸品なのです。
廻船問屋の富が産んだ漆塗りと金箔の豪華屋台
掛塚の屋台の最大の特徴は、その極限まで高められた装飾美にあります。屋台全体に本漆が幾重にも塗られ、鏡のような光沢を放つ黒漆や朱漆のなかに、純金箔が惜しげもなく施されています。屋根の曲線、それを支える柱や梁の組物、木口を飾る金銅製の化粧金具など、細部に至るまで京都や江戸の高度な職人技が凝縮されています。
この豪華さは、廻船問屋が江戸への材木輸送や幕府の御用米輸送で得た莫大な利益があって初めて可能になりました。各町内は競い合って超一流の職人を招き、数年の歳月と莫大な予算をかけて自慢の屋台を作り上げたのです。
名工たちの技が競う木彫刻の極致
屋台の随所にはめ込まれた木彫刻は、日本の彫刻史上でも極めて重要な価値を持っています。信州諏訪の代表的な彫刻一門である「立川流(たてかわりゅう)」の名工たちや、名古屋城の御用達を勤めた江坂兵衛、彫長一門などが、中国の故事や日本の神話、鳳凰や龍などの瑞獣を題材に、立体的な透かし彫りを施しました。
これらの彫刻は、生き生きとした表情や風に舞う羽の動きまでが緻密に表現されており、見る者を圧倒します。掛塚で完成されたこの漆塗り屋台と緻密な木彫刻のスタイルは、のちに浜松まつりの御殿屋台や、袋井・森町などの祭り屋台の模範となり、遠州地方全体の祭り文化を牽引する源流となりました。