現在の磐田市「福田港」は、静岡県内でも有数の水揚げ量を誇る活気あふれる漁港です。その代名詞となっているのが、透き通るような美しさから「白いダイヤ」と称賛されるシラス(イワシの稚魚)です。荒波の遠州灘で磨き上げられた高度な「二そう引き」技術と、砂害を乗り越えた近代港湾建設の歴史を紐解きます。
- 砂州との世紀の闘いと近代福田港の建設:太田川河口は漂砂によって水深が浅くなりやすく、大正から昭和にかけて突堤の建設と浚渫を繰り返す、不屈の港湾近代化が行われました。
- 二そう引き網によるシラス漁の技術革新:二隻の漁船が絶妙な呼吸で網を曳き、シラスを傷つけずに生きたまま素早く水揚げする、日本屈指の操船・漁労技術が確立されました。
- 日本一級の品質を誇る加工と流通の連携:水揚げされたシラスは、港のすぐ近くの加工場へ瞬時に運ばれ、「釜揚げシラス」や「ちりめんじゃこ」として全国へ出荷される鉄壁の共同体制が築かれています。
漂砂の難題を克服した「近代福田漁港」の誕生
福田の海は、遠州灘の強い沿岸流によって、天竜川などから流れ出た大量の砂が常に漂う「漂砂(ひょうさ)」の激しいエリアです。このため、太田川の河口港であった旧福田湊は、放っておくと数年で砂が堆積し、船が座礁する危険がありました。この自然の難題に対し、大正時代から昭和初期にかけて、地元住民と行政が一体となった大規模な近代漁港建設プロジェクトが始動しました。
海に向かって長く突き出るコンクリート製の「東突堤」や「西突堤」を建設し、波の力で砂が港内に進入するのを防ぐとともに、最新の浚渫船を導入して航路の水深を維持しました。この不屈の土木工事の積み重ねによって、現在の安定した近代的な「福田港」の土台が完成したのです。
二隻のコンビネーションが光る「二そう引きシラス漁」
福田港の主役は何と言ってもシラス漁です。毎年春から秋にかけて、夜明けとともに無数のシラス漁船がエンジン音を響かせて一斉に遠州灘へと出港していく光景は、圧巻の一言に尽きます。福田のシラス漁は、主に「二そう引き(にそうびき)」と呼ばれる高度な漁法で行われます。
これは、大きさや速度が全く同じ二隻の漁船が一対となり、並走しながら巨大な網を牽引するものです。風の向き、潮の流れ、そして魚群探知機の情報を瞬時に読み取り、二人の船長が無線で緊密に連絡を取り合いながら、網の広がりや深さをミリ単位でコントロールします。少しでも息が合わなければ網は破れ、あるいはシラスを傷つけてしまいます。この極限のコンビネーションこそが、福田の漁師たちが誇る一子相伝の技術なのです。
白いダイヤの鮮度を守る港と加工場の超高速リレー
シラスは極めて傷みやすい魚であり、その価値は「鮮度」で決まります。福田港の強みは、獲れたシラスを極限の鮮度のまま消費者に届けるための、漁師と陸上加工業者の完璧な連携(高速リレー)にあります。網に入ったシラスは、ただちに氷で満たされた魚箱に移され、船は全速力で港へと引き返します。
港に到着したシラスは、待ち構えていた仲買人によって瞬時に競りにかけられ、わずか数分後には港の周辺に建ち並ぶ加工場の巨大な釜で茹で上げられます。「釜揚げシラス」や、それを天日で干した「ちりめんじゃこ」は、余計な添加物を一切使わず、海の塩気とシラス本来の旨味が凝縮された絶品です。この漁獲から加工までの超高速システムが、福田のシラスを日本一のブランドへと押し上げたのです。