神事の構造と日程
── 八日間の祓いと、闇の渡御
祭りは「祓い」から始まる
見付天神裸祭をひとことで言えば、「氏神を、徹底的に清められた場と道を通して、総社へお渡しする神事」である。だからこそ、祭りの大部分は「祓い」と「清め」に費やされる。鬼踊りや裸練りは、その最後の場面で場を浄める所作であって、祭りの目的そのものではない。まずは、大祭に至るまでの準備の神事から見ていこう。
祭りの幕開けの神事である。宮司が矢奈比賣神社の拝殿で、祭りに出向くことを神前に奉告し、旧社地である元宮天神社へと向かう。この道行きは、古来、人目を避け、一切無言で行うならわしとされている。御斯葉下ろしは通称「おみしまさま」とも呼ばれ、夜、見付地区の各戸が灯りを消すなか、地区内の道を清める神事が営まれる。祭りは、こうして静かに、闇のなかで始まるのである。
福田の遠州灘海岸で行われる、海の禊である。まず大原地区から献上された鯔(イナ/ボラの幼魚)を海へ放つ「松原の神事」、続いて「海浜修祓」が行われ、そののち、先供や輿番、町の人々が海に入って、心身を清める。かつては屋形船で沖へ出て行ったが、昭和三十年前後に交通事情が変わり、今はバスを連ねて浜へ向かう。海に入る人の数は、保存会の公式資料では「二千人を超す」とされるが、近年の実数では、見付地区の各町からおよそ千人余りが参加すると報じられている。いずれにせよ、大勢の人々が海水で身を清めるところから、祭りの本格的な準備が始まる。
浜垢離で持ち帰った海水と浜の砂を用いて、社殿や境内、そして氏子たちを清め祓う神事である。海で清めた力を、こんどは祭りの場そのものに及ぼしていく。これによって、神をお迎えし、お渡しするための場が、すっかり浄められる。大祭を翌日に控え、すべての準備が整う。
大祭の夜 ── 鬼踊りと、闇の渡御
そしていよいよ、大祭の夜を迎える。この一夜に、見付天神裸祭のすべてが凝縮される。夕刻から深夜にかけて、まちは少しずつ熱を帯び、やがて漆黒の闇のなかで、神は総社へと渡っていく。
夕方、見付の中心部に交通規制が敷かれ、子供連が出発する。夜になると宵祭となり、各梯団(ていだん)が、それぞれの拠点から出発する。腰蓑をつけた裸衆が、「オイショ、オイショ」の掛け声とともに、まちを練り歩きはじめる。この「裸練り」が、夜のまちを徐々に高揚させていく。
祭りの最高潮である。深夜、西区(一番触)、西中区(二番触)、東中区、東区(三番触)の順で、各梯団の裸衆が拝殿へと一斉に飛び込む。これを「堂入り」という。拝殿の中で、腰蓑姿の男たちがもみ合い、ぶつかり合い、乱舞する。そのさまが、俗に「鬼踊り」と呼ばれる。激しく見えるが、これは無秩序な暴れではない。拝殿内では鈴は常にひとつしか振らないなど、細かな作法が守られている。地面を踏みしめ、場を浄める、神事としての所作なのである。
鬼踊りが最高潮に達したそのとき、「八鈴(やすず)」が打ち鳴らされ、神輿が出御する。この合図とともに、まちじゅうの灯りが、いっせいに消される。漆黒の闇である。その闇のなかを、矢奈比賣命を載せた神輿が、総社・淡海國玉神社へと静かに渡っていく。これが、この祭りの核心――氏神の総社への渡御である。総社に着くと、参加者は身につけていた腰蓑を納める。祭りの華やかさが、一転して、厳かな静寂につつまれる瞬間である。
翌日の夕刻、総社にお渡りしていた御神霊が、矢奈比賣神社へとお還りになる。これが還御である。前夜の熱狂とはうって変わって、こちらは静粛な行列だ。先供、提灯、猿田彦、お道具などからなる三百人ほどの行列が、稚児を伴って見付宿を巡行する。そして最後に、拝殿の前で神輿を何十回も胴上げして、社殿へと納める。こうして、長い祭りが幕を閉じる。
祭りを担う、四つの梯団
この大規模な祭りを動かしているのが、見付の各町からなる「梯団(ていだん)」と「祭組(さいそ/連)」の組織である。見付地区の町々は、四つの梯団に編成されている。西から順に、西区梯団(一番触)、西中区梯団(二番触)、東中区梯団、東区梯団(三番触)である。
それぞれの梯団には、中心となる「お役町(おやくちょう)」がある。西区の根元車、西中区の舞車、東中区の御瀧車、東区の眞車。各梯団は、このお役町を中心に、いくつもの祭組(連)が集まって構成されている。月松社、龍陣、梅社、天王、龍宮社、権現、元天神――こうした名をもつ祭組が、それぞれの誇りをかけて祭りに参加する。各梯団からは、祭りを取りしきる「年行事(ねんぎょうじ)」が二名ずつ選ばれる。そして、神輿そのものを担ぐ「輿番(こしばん)」は、権現町と地脇町が受けもつ。
すべては「清浄」のために
こうして一連の神事を追っていくと、見えてくることがある。浜での禊、社殿の清祓い、闇のなかでの道の清め、そして鬼踊りによる場の浄め――そのことごとくが、「清める」という一点に向けられているのである。なぜ、これほどまでに清めるのか。それは、日本の神が、穢(けが)れを何より嫌うからである。清浄でなければ、神は渡御してくださらない。だからこそ、人々はくり返し身を清め、道を清め、場を清めて、ようやく神を総社へとお渡しする。
鬼踊りの激しさばかりが注目されがちだが、その本質は「浄め」にある。腰蓑姿の男たちが拝殿で乱舞するのは、暴れるためではなく、地を踏みしめて邪を払い、神の通る場を清めるためなのだ――そう考えると、あの熱気の意味が、まったく違って見えてくる。この「鬼踊りとは何か」という問いは、起源の謎とも深くつながっている。それは、次の「起源をめぐる三つの説」で詳しく見ていきたい。
主な参考文献
- 見付天神裸祭保存会 公式ウェブサイト「御大祭」「日程」「梯団と祭組」
- 矢奈比賣神社(見付天神)公式ウェブサイト「見付天神裸祭」
- 独立行政法人日本芸術文化振興会 芸術文化振興基金事例「見付天神裸祭の保存伝承活動」(祭礼形態の変遷について)
- 文化庁 国指定文化財等データベース「見付天神裸祭」(梯団の構成について)