見付天神裸祭
── 闇に渡る、遠江総社への神事
見付天神裸祭とは
見付天神裸祭は、磐田市見付に鎮まる矢奈比賣(やなひめ)神社――通称「見付天神」の大祭である。その中核をなすのは、矢奈比賣神社の祭神が、すぐ近くの淡海國玉(おうみくにたま)神社――遠江国の総社へと渡御する神事である。つまりこの祭りは、勇ましい「裸練り」や「鬼踊り」だけを指すのではなく、氏神が総社へ渡り、また還ってくるという、一連の渡御神事の全体を指している。
祭りは、旧暦八月十日の直前の土曜・日曜を大祭とし、その準備は約八日前から始まる。浜での禊(みそぎ)、社殿の清祓い、そして大祭の夜の鬼踊りと、漆黒の闇のなかの神輿渡御。この長い祓いと清めの積み重ねの果てに、神は総社へと渡っていく。腰蓑姿の男たちが拝殿で乱舞する「鬼踊り」は、その渡御を成り立たせるための、重要な一場面なのである。
- 正式名称
- 見付天神裸祭(矢奈比賣神社例祭)
- 場所
- 矢奈比賣神社(見付天神)/淡海國玉神社(遠江国総社)ほか・静岡県磐田市見付
- 時期
- 旧暦八月十日直前の土曜・日曜を大祭とする(約八日間の神事)
- 中核の神事
- 氏神・矢奈比賣命の総社(淡海國玉神社)への渡御
- 文化財指定
- 国指定重要無形民俗文化財(2000年〔平成12年〕12月27日指定/種別・風俗習慣)
- 保護団体
- 見付天神裸祭保存会
- 通称
- 「天下の奇祭」「闇の奇祭」
なぜ「奇祭」とよばれるのか
この祭りが「奇祭」と称される理由は、いくつかある。第一に、神輿の渡御が、まちじゅうの灯りを消した漆黒の闇のなかで行われること。第二に、腰蓑をまとった裸の男たちが、拝殿に飛び込み、もみ合いながら乱舞する「鬼踊り」の異様な熱気。そして第三に、その背後に、人身御供(ひとみごくう)と霊犬・悉平太郎(しっぺいたろう)の伝説という、ただならぬ物語を背負っていることである。
ただし、注意したいことがある。「奇祭」という言葉の印象だけで、この祭りを「変わった見世物」のように捉えてしまうと、本質を見あやまる。岡山の西大寺会陽や愛知の国府宮はだか祭のような、冬に宝木(しんぎ)を奪い合う裸祭とは、見付天神裸祭は性格が異なる。これは秋祭りであり、奪い合いの祭りではない。あくまで、氏神を総社へお渡しするための、祓いと清めの神事なのである。その点を踏まえてはじめて、この祭りの深さが見えてくる。
この特集の構成
見付天神裸祭は、一つの記事に収めきるには、あまりに多くのものを抱えている。神事の細かな次第、起源をめぐる複数の説、悉平太郎伝説の学術的な位置づけ、そして無形文化財としての保存の歩み。そこで本特集では、四つの子ページに分けて、それぞれを掘り下げた。順に読めば、この祭りの全体像が立ちあがってくるはずである。
次の世代へ、手渡したいもの
見付天神裸祭は、ただ勇壮なだけの祭りではない。その背後には、千年の歴史をもつ古社の信仰があり、総社という古代の制度の記憶があり、人身御供という時代の影があり、霊犬の伝説がある。そして、それらすべてを抱えながら、この祭りは今も、毎年欠かさず行われている。八百年とも伝えられる時を越えて、まちの人々の手で受け継がれてきたのである。
この特集が伝えたいのは、祭りの「すごさ」ではない。その奥行きである。腰蓑姿の熱気の向こうに、どれほど深い信仰と歴史と物語がたたみこまれているか。それを知って祭りを見れば、同じ闇の渡御が、まったく違って見えてくる。次の世代へ残したいのは、祭りそのものと同時に、「なぜこの祭りが続いてきたのか」を問うまなざしなのだと思う。
主な参考文献
公式・行政資料
- 文化庁 国指定文化財等データベース/文化遺産オンライン「見付天神裸祭」(指定年月日 2000年12月27日・種別 風俗習慣)
- 磐田市公式ウェブサイト「見付天神裸祭」「悉平太郎伝説の紹介」(磐田市文化財課)
- 見付天神裸祭保存会 公式ウェブサイト(概要・日程・梯団と祭組・御大祭・論説集)
- 矢奈比賣神社(見付天神)公式ウェブサイト/淡海國玉神社(遠江国総社)公式ウェブサイト
- 独立行政法人日本芸術文化振興会 芸術文化振興基金事例「見付天神裸祭の保存伝承活動」
学術文献
- 谷部真吾「鬼踊りの意味をめぐって」見付天神裸祭ガイドブック第10号、見付天神裸祭保存会、2016年
- 野本寛一「神を迎える心と儀礼 ── 見付天神裸祭」同ガイドブック第10号、2016年
- 大林太良「遠州見付天神の裸祭と早太郎伝説」『日本の神話』大月書店、1976年(再録『北の神々 南の英雄』小学館、1995年)
- 『磐田の民俗』磐田市民俗調査団編、磐田市、1984年/『磐田市史』磐田市史編さん委員会編、磐田市
- 柳田國男『一目小僧その他』(人身御供・妖怪零落論の古典)