磐田物語。遠江・見付のまちの歴史と文化
磐田物語文化財 / 国指定文化財

NATIONAL CULTURAL PROPERTIES

磐田市の国指定文化財

国指定文化財とは、日本という国全体にとって価値が高いと認められ、国が保護の対象とした文化財である。磐田市には、現在8件の国指定文化財がある。その内訳を見るだけで、このまちの歴史の幅広さがわかる。古墳時代の墓、奈良時代の寺院跡、明治の学校、そして今も続く祭り――時代も種類もさまざまな宝が、この地に集まっている。

磐田に国指定文化財が集まる意味

ひとつの市に、これだけ多様な国指定文化財があること自体が、磐田の歴史の厚みを物語っている。古墳が複数、奈良時代の特別史跡、明治の学校、そして無形の祭礼まで。これは、磐田が古墳時代から近代まで、途切れることなく地域の中心であり続けたことの、何よりの証である。以下、8件を、それぞれの時代順に近いかたちで紹介する。指定区分・年代・所在地といった事実情報は磐田市公式情報にもとづき、解説は磐田物語の視点で記した。

銚子塚古墳 附 小銚子塚古墳

史跡
指定国指定(記念物・史跡) 指定年月日昭和31年11月7日 年代古墳時代 所在地寺谷
ひとことでいうと

磐田原台地の西縁に築かれた、全長約110メートルの前方後円墳。県内第3位の規模をもつ。

なぜ重要か

国府が置かれるよりはるか前、4世紀の磐田に大きな力をもつ豪族がいたことを示す。隣の小銚子塚古墳は、県内に5例しかない貴重な前方後方墳である。

磐田物語メモ

古墳は、まちの始まりの「いちばん古い記憶」である。台地の縁という立地が、なぜ選ばれたのか――地形から考えると、見えてくるものがある。

新豊院山古墳群

史跡
指定国指定(記念物・史跡) 指定年月日昭和62年7月3日 年代古墳時代 所在地向笠竹之内
ひとことでいうと

向笠竹之内に所在する古墳群。古墳時代前期から中期にかけての、磐田原東部の様相を伝える。

なぜ重要か

銚子塚古墳とともに、磐田原台地に古墳時代の有力者が連なって眠っていたことを物語る。台地の縁という立地が、古墳の分布と深く関わっている。

磐田物語メモ

一つの大きな古墳だけでなく、古墳が「群れ」をなしていること。そこに、代を継いで土地を治めた一族の姿が浮かぶ。

御厨古墳群

史跡
指定国指定(記念物・史跡) 指定年月日平成13年3月26日 年代古墳時代 所在地新貝・鎌田
ひとことでいうと

新貝・鎌田に分布する古墳群。磐田南部、太田川流域の古墳時代の様相を伝える。

なぜ重要か

磐田原台地だけでなく、平野部・河川沿いにも古墳が築かれていたことを示す。古墳の分布から、古代の人々の暮らしの広がりが見えてくる。

磐田物語メモ

「御厨(みくりや)」という地名は、神社や朝廷に食料を納めた土地に由来することが多い。地名と古墳を重ねると、土地の古い役割が見えてくる。

明ヶ島古墳群出土土製品 附 土製品残欠

重要文化財
指定国指定(有形文化財・重要文化財) 指定年月日平成25年6月19日 年代古墳時代 所在地見付
ひとことでいうと

明ヶ島古墳群から出土した、人物や動物などをかたどった多数の土製品。古墳時代の祭祀のありさまを伝える。

なぜ重要か

土地(史跡)ではなく、出土した「もの」が重要文化財に指定された例。古墳に供えられた土の造形から、当時の人々の祈りのかたちが読みとれる。

磐田物語メモ

土でつくられた小さな人や動物。それを供えた人の手と心を想像すると、千数百年の時が、ふっと近くなる。

遠江国分寺跡

特別史跡
指定国指定(記念物・特別史跡) 指定年月日昭和27年3月29日 年代奈良時代 所在地見付
ひとことでいうと

天平13年(741年)の聖武天皇「国分寺建立の詔」により、遠江国府の置かれた磐田に建てられた国分寺の跡。七重塔・金堂を備えていた。

なぜ重要か

全国の国分寺跡のなかでも早くに伽藍配置が解明され、史跡の最高格である「特別史跡」に指定されている。古代の磐田が遠江国の中心だったことを示す、まちの原点である。

磐田物語メモ

「国分寺がここにある」ことは、「国府がここにあった」こととほぼ同義である。磐田が遠江の都だった時代の、確かな証である。

熊野の長フジ

天然記念物
指定国指定(記念物・天然記念物) 指定年月日昭和7年7月25日 所在地池田(行興寺)
ひとことでいうと

池田の行興寺にある、樹齢を重ねたフジの巨木。長く垂れる花房で知られる。

なぜ重要か

平安の女性・熊野(ゆや)御前ゆかりと伝えられる。文化財は石や建物だけではない。生きて季節ごとに花を咲かせる樹木もまた、地域の記憶を背負っている。

磐田物語メモ

毎年、花の季節になると人が集う。生きた文化財を守ることは、その木とともにある時間を守ることでもある。

旧見付学校 附 磐田文庫

史跡
指定国指定(記念物・史跡) 指定年月日昭和44年4月12日 年代明治時代 所在地見付
ひとことでいうと

明治8年(1875年)落成の、現存最古とされる木造擬洋風小学校校舎。隣接する磐田文庫とともに史跡に指定されている。

なぜ重要か

「見付の五階」と親しまれた校舎。寺子屋・私塾・磐田文庫へと続く、学びのまち磐田の蓄積の上に建った。文明開化の息吹を今に伝える。

磐田物語メモ

城の石垣を土台に学校が建つ。古いものを壊さず受け継いで新しいものをのせる――そのまちの姿勢が、建物そのものに表れている。

見付天神裸祭

重要無形民俗文化財
指定国指定(民俗文化財・重要無形民俗文化財) 指定年月日平成12年12月27日 所在地見付
ひとことでいうと

矢奈比賣神社の祭神が、遠江国総社・淡海國玉神社へ渡御する大祭。腰蓑姿の裸衆による鬼踊りと、漆黒の闇の神輿渡御で知られる。

なぜ重要か

形あるものだけが文化財ではない。人々の手で毎年くり返される神事もまた、国の宝とされる。総社渡御という古代の信仰のかたちを、今に伝えている。

磐田物語メモ

文化財のなかで、唯一「生きて動く」もの。守るとは、保存ではなく、毎年それを担う人がいるということである。

主な参考資料

本ページの文化財名・指定区分・種別・指定年月日・年代・所在地は、磐田市公式ウェブサイトの公開情報にもとづく事実情報である。各文化財の「ひとことでいうと」「なぜ重要か」「磐田物語メモ」は、磐田物語編集部による独自の要約・記述である。正確な指定内容は、必ず各公式ページを確認されたい。出典:磐田市公式ウェブサイト。

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