遠江・見付のまちの歴史と文化
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磐田物語 / 連載 まちの成り立ち(目次)

連載・解説 全十一回 | 旧磐田市の記憶

まちの成り立ち
── 旧磐田市の村々をたどる

いまの磐田市の住所に残る地名の多くは、かつて独立した村の名である。本連載は、江戸の村高帳・明治の町村制・現在の地名を手がかりに、旧磐田市がどのように成立したかを、年表・比較表・地名対応表・Q&Aで解説する全十一回のシリーズである。下の一覧から各回へ進める。

天竜川 数十の村々 見付町 中泉町 磐田市 1948 村 → 町 → 市。およそ百十六年の歩み
図:江戸の村々が、明治の二つの町を経て、磐田町・磐田市へまとまる流れ(概念図)。

この連載でわかること

各回は独立して読めるが、第一回(全体像)から順に読むと流れがつかみやすい。記載は磐田市公式資料・国立公文書館・国立歴史民俗博物館・角川『日本地名大辞典』などにもとづき、年次や地名由来など断定できない点は本文中で「事実・解釈・推測」を分けて示している。

第一回 旧磐田市の成り立ち ── 村から町、町から市へ

三つの村高帳の読み方、見付と中泉の比較、1889→1940→1948の合併年表、旧村名の残り方まで。連載全体の見取り図。

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第二回 中泉御殿のあった町 ── 天領を治めた中泉

家康の御殿、天領の代官所、前島密、中泉駅(現・磐田駅)。低地に開けた行政の町の成り立ちを年表と人物表で。

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第三回 二之宮はなぜ中泉と一つになったか

遠江二宮にちなむ地名「二之宮」。一宮・二宮・総社の一覧と、明治の合併の経緯を解説。

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第四回 「貝塚」という地名 ── 西貝塚・東貝塚

貝塚の地名が記憶する縄文の海。磐田の貝塚一覧と地形史の年表で、消えた海岸線を読む。

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第五回 天竜川がつくった村、流した村

河道の変遷が村の立地を決めた。渡し場の池田、湊町の掛塚。水辺の地の一覧と年表で解説。

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第六回 「新田」と名のつく土地

寺谷新田・太郎馬新田・宇兵衛新田。開発者の名が残る地名のしくみを、一覧表と用語解説で。

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第七回 匂坂・寺谷・岩田 ── 台地のへりの村

難読地名「匂坂(さぎさか)」の諸説、岩田村と「磐田」の違い。地形と地名を表で読み解く。

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第八回 国府台と府八幡宮 ──「国府」の地名

遠江国府の所在地の諸説を一覧で整理。古代の中心が現代の地名に残るしくみを解説。

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第九回 古地図に村の名を探す【読み方編】

古地図・旧高帳・公図の三枚を重ねて消えた村や字を読む。三種の地図の比較表と手順を解説。

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第十回 磐田郡という広がり

郡の成立と消滅。1896年の郡再編と、昭和に磐田市へ編入された村々を年表で整理。

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第十一回・最終回 鎌田御厨 ── 伊勢神宮領だった村

「御厨」という地名と鎌田神明宮。神領のしくみと御厨地区の地名を解説し、連載を結ぶ。

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※ 本連載は個人の調査・覚え書きにもとづく解説です。年次・地名由来など断定できない点は本文で「事実・解釈・推測」を分けて記しています。各回末にQ&A(よくある疑問)を設けています。

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