現在 206 本の記事を公開しています(9地区 + 共通・テーマ別)。地区の色は、各地区の入口ページと共通です。
共通・テーマ別の記録
特定の地区にとどまらない、磐田全体にかかわる記録・資料・読み物。
- 磐田物語 憲章
- 磐田物語の地域分類
- 磐田の文化財と地域の記憶
- 磐田タイムトラベル地図
- 磐田の文化財を深く読む資料集
- 遠州弁辞典
- はじめに
- 標準語⇄遠州弁 変換
- 磐田の地名をたどる
- 磐田郡という広がり ── 旧磐田市の外側にあった村々【郡再編・編入合併の解説】
- 古地図に村の名を探す ── 戸別明細図と旧高帳の読み合わせ【三枚の地図で読む解説】
- 古墳から見る磐田 ── 台地と川がつくった、王たちの土地
- 磐田市の国指定文化財
- 連載 まちの成り立ち ── 旧磐田市の村々をたどる【目次】
- 土地と遺跡を調べる ── 埋蔵文化財と磐田
- 祭りと暮らしの記憶
- 旧磐田市の成り立ち ── 村から町、町から市へ【年表・図解でわかる解説】
- 磐田文化財研究ノート
- 佐口行正氏所蔵史料 目録
- 佐口行正氏所蔵史料 ── 紙片が伝える見付のまちの記憶
- 磐田市の指定文化財一覧
- 見付宿と東海道のにぎわい
- 遠江国府と古代の磐田
- 今之浦と大之浦 ── 海の記憶が残るまち
- 鈴木繁男と磐田窯
- 鈴木光男氏を称える
- 映画『お別れの歌』と磐田の風景
- 磐田用水の歩み ── 天竜川の水が変えた農地と暮らし
- 社山疏水の構想 ── 犬塚祐一郎と明治の水利計画
- 磐田用水幹線改良事業 ── 戦時下の突貫工事と初通水
- 天竜川下流農業水利事業 ── 船明ダムから地域の水網へ
- 磐田用水東部土地改良区 ── 管理区域と年表でたどる50年
- 磐田の集合知とは
- 全記事一覧
見付みつけ
- 見付の土地と記憶 ― 明治42年の見付町戸別明細図から読む、家・道・暮らし
- 古い地図に残る家並みと、相続される土地 ― 見付古地図散歩 第2回
- 古い町の土地を売るとき、なぜ調査が大切なのか ― 見付の旧道・小路・町割りから
- 明治42年、見付の町の中枢 ― 郡役所・登記所・寺社・学校
- 見付の古い家を手放す前に、知っておきたいこと ― 相続・空き家・土地売却
- 見付天神裸祭
- 起源をめぐる三つの説 ── 歓喜・人身御供・反閇
- 神事の構造と日程
- 無形文化財としての継承
- 悉平太郎伝説の考察 ── 早太郎との異同と、猿神退治の系譜
- 見付天神裸祭 ── 闇に渡る、遠江総社への神事
- 見付天神と、霊犬悉平太郎のものがたり
- 姫街道と、見付から分かれるもう一つの道
- 旧赤松家と、海をわたった見付の人
- 旧見付学校と、学びのまち磐田
- 見付宿と、東海道のにぎわいの記憶
- 東海道・見付宿の面影
- 磐田市見付の歴史と町内案内 ── 古代の国府から、26の町内へ
- 淡海國玉神社と、遠江の神々が集うまち
- 旧赤松家門・塀
- 木造地蔵菩薩坐像
- 木造毘沙門天立像
中泉なかいずみ
- 遠江国分寺とは何か ── 古代遠江の中心寺院と伽藍復興への構想
- 遠江国分寺とは何か ── 国家が地方に置いた巨大施設
- なぜ磐田に国分寺が置かれたのか
- 遠江国分寺の伽藍を読む
- 金堂とは何か
- 七重塔とは何か
- 講堂とは何か
- 回廊と中門 ── 伽藍を囲む空間
- 僧坊と寺院の日常
- 遠江国分寺の瓦を読む
- 遠江国分寺 年表
- 遠江国分寺が人々の暮らしをどう変えたか
- 遠江国分寺を歩く
- 遠江国分寺を復興できないか
- 遠江国分寺を読むための用語集
- 遠江国分寺跡と、古代磐田のはじまり
- 府八幡宮と遠江国府の記憶
- 御殿・二之宮遺跡と、二つの時代が眠る原
- 国府台と府八幡宮 ──「国府」を名のる土地の千三百年【解説】
- 中泉代官所と、徳川の天領を治めたまち
- 中泉御殿のあった町 ── 天領を治めた中泉【地形・年表でわかる解説】
- 二之宮はなぜ中泉と一つになったか ── 明治の合併と鹿苑神社【年表・図解でわかる解説】
- 中泉の生い立ち ── 国府・御殿・駅前の中心地
- 府八幡宮楼門
御厨みくりや
- 「貝塚」という地名 ── 西貝塚・東貝塚と消えた海岸線【縄文の海と地形史の解説】
- 鎌田御厨 ── 伊勢神宮領だった村の名残【御厨地区の地名を解説】
- 鎌田神明宮 ── 遠州のお伊勢さま
- 城之崎遺跡 - 弥生後期高地性集落と後期古墳群を読む
- 新貝 ── 古代国分寺窯跡の記憶と中世新貝庄の開発史
- 東脇・新出 ── 今之浦東岸の干拓と近世新田の誕生
- 稗原 ── 雑穀の原野から豊かな水田地帯への歩みと水利
- 大立野 ── 中世の名主開発と名残を留める古い郷割
- 安久路 ── 湿地帯「悪路」から美しき田園「阿久路」への土木史
- 三ケ野・三ケ野坂 ── 東海道の難所・坂越えの賑わいと一里塚の記憶
- 富士見台 ── 磐田原台地南端の景勝地と近代開拓の歴史
- 東新屋 ── 新たな入植地「新屋」の成立と近世の生活圏
- 和口 ── 河川の合流点に拓かれた「和の口」の民俗と治水
- 御厨駅と現代の御厨 ── 令和に蘇った古代「神領」の地名と未来への継承
- 御厨村の分立と再編 ── 明治27年、伊勢神領の村々が選択した自立の道
- 南御厨村の誕生 ── 明治27年、南部平野への展開と独立村落の生活圏
- 田原村の誕生 ── 磐田原台地東端の開墾と近代農村コミュニティの形成
- 田原地区総論 ── 台地・旧道・田園がつくった磐田東部の暮らし
- 三ヶ野坂から西島・明ヶ島へ ── 道と寺社で読む田原地区の記憶
- 御厨地区総論 ── 古い地名と新しい暮らしが重なる磐田東部
- 南御厨地区総論 — 低地・農地・道がつくった南側の生活圏
- 御厨と南御厨を分けるもの、つなぐもの ── 地名・水・道・暮らしの比較史
- 西貝地区総論 ── 旧集落・寺社・開発が重なる磐田の東側
- 西貝塚から安久路・城之崎へ — 田園から市街地へ変わった地域の記憶
豊田とよだ
- 銚子塚古墳と、遠江を治めた王の眠り
- 行興寺と熊野(ゆや)の長藤
- 一言坂の戦いと、本多忠勝の殿(しんがり)
- 池田の渡し ── 天竜川をわたる東海道
- 加茂・寺谷の歴史
- 旧豊田町の地名と、土地の記憶 ── 『豊田町地名地図』を歩く
- 「新田」と名のつく土地 ── 江戸の開発が刻んだ磐田の地名【解説】
- 東海道新田の歴史
- 池田荘と「葛巻」 ── 地名に残る中世の荘園
- 「堤外」と「内郷堤」 ── 天竜川の堤が分けた土地
- 弥藤太島・気子島 ── 「島」のつく地名と低地の暮らし
- 上新屋「半場名」と、天竜川左岸の新田開発
- 上万能「挑燈野」 ── 古戦場と伝わる野の名
- 森下・森本・立野 ── 「森」と「立野」の地名を歩く
- 富丘・東原 ── 台地に開けた「原」と「丘」のまち
- 池田宿の賑わいと本陣の記憶 ── 天竜川東岸の宿場と東海道の玄関口
- 船頭自治と徳川家康の朱印状 ── 天竜川左岸・池田船頭衆の特権と自立史
- 金原明善と天竜川治水の足跡 ── 「暴れ天竜」に挑んだ治水開拓者と森林保護の思想
- 熊野御前の伝説と行興寺の長藤 ── 平家物語に刻まれた孝心と遠州の美しい花の名所
- 小銚子塚古墳と周辺の古墳群 ── 銚子塚に連なる巨大古墳の系譜と古代の首長系譜
- 井通村の成立と近代の教育・水利 ── 天竜川左岸の豊かな低地を拓いた近代農村の歩み
- 富岡村の開拓と磐田原台地西縁の農業 ── 水なき台地を緑の茶園に変えたフロンティアの歴史
- 天竜川の「暴れ天竜」と決壊の歴史 ── 洪水との戦いと、豊田地区に刻まれた水害の記憶
- 社山と古代・中世の山岳信仰・砦の記憶 ── 豊田地区北端の霊峰と戦国乱世の砦跡
- 池田やかた祭りと天白神社の祭礼 ── 天竜川の渡しの里に伝わる厄流し
- 豊田町への合併と近代行政のあゆみ ── 井通・池田・富岡の三村が紡いだ合併の歴史
- 熊野絵巻
南部なんぶ
- 天竜川がつくった村、流した村 ── 池田・掛塚と渡しの記憶【河道変遷の解説】
- 豊島・北島 ── 天竜川の氾濫原に開かれた川辺の開拓地と水害防除の知恵
- 千手堂・万正寺 ── 寺院名が語る中世の信仰空間と消えた伽藍の謎
- 上大之郷・下大之郷 ── 古代大郷の記憶と庄園開発の歴史
- 上岡田・下岡田 ── 砂丘と湿地を拓いた開墾の軌跡と岡田の神々
- 鮫島・小島 ── 遠州灘の潮風を防ぐ防風林と砂丘地の過酷な開拓史
- 野箱・白拍子 ── 中世の芸能者白拍子の足跡と地域に息づく伝承
- 浜部 ── 遠州灘の塩害に抗い塩を産み出した塩田と沿岸漁業の記憶
- 新島・長須賀 ── 天竜川がもたらした砂州の変遷と新田開発の軌跡
- 刑部島 ── 古代刑部部と天竜川の中州に挑んだ開拓者たちの闘い
- 長野村 ── 南部町村合併が描いた生活圏の移り変わりと近代化の歩み
- 於保村 ── 於保庄の栄華から昭和の分村編入、福田町との分割合併史
- 天竜地区総論 — 川と低地がつくった暮らしの記憶
- 川の恵みと怖さ ── 天竜地区に残る水辺の生活史
- 於保地区総論 — 大池・低地・農地が支えた南の集落
- 長野地区総論 — 水田の広がりと旧集落の輪郭を読む
- 於保と長野を分けるもの、つなぐもの ── 水利・農地・集落の南部史
向陽こうよう
- 匂坂・寺谷・岩田 ── 台地のへりに並ぶ村々の地形読み【難読地名・沿革を図解で解説】
- 新豊院山古墳群 ── 台地東縁に築かれた前期古墳群【国指定史跡】
- 米塚古墳群 ── 寺谷台地に広がる群集墳【県指定史跡】
- 長者屋敷遺跡 ── 寺谷に眠る奈良時代の官衙・邸宅跡【県指定史跡】
- 匂坂城跡と匂坂氏 ── 遠州の戦乱を生き抜いた武士の記憶
- 向笠城と向笠氏 ── 中世の北方を守った在地領主の館
- 寺谷用水の開削 ── 天竜川の激流に挑んだ遠州最古の用水路
- 大久保と藤上原 ── 台地開拓と緑豊かな茶園の歩み
- 笠梅の歴史 ── 「梅」の伝承と静かなる田園の記憶
- 平松掛下入作 ── 開拓の歩みを刻む日本屈指の長大地名
- 「向陽」の誕生 ── 昭和の合併と新しい学校区がつないだ生活圏
- 岩田・大藤・向笠をつなぐ丘陵と水の記憶
- 岩田地区の成立と匂坂・寺谷の記憶
- 大藤地区の成立と磐田原台地の暮らし
- 向笠地区の成立と太田川・敷地川の記憶
- 岩田地区 小字・地名資料
- 大藤地区 小字・地名資料
- 向笠地区 小字・地名資料
竜洋りゅうよう
- 掛塚湊と、遠州の小江戸とよばれたまち
- 掛塚まつりと遠州屈指の豪華屋台 ── 廻船文化が育んだ彫刻美術の粋
- 貴船神社と海の安全を祈る水神信仰 ── 寄進された錨と灯籠が語る航海史
- 十束村の成立と平松・中島の新田開拓史 ── 河口低地を美田に変えた近世の土木
- 袖浦村の塩づくり(製塩業) ── 遠州灘の塩害克服と生活の知恵
- 白羽の風と凧揚げ文化の起源 ── 強風の台地が育んだ空への情熱
- 天竜川河口のシラスウナギ漁とウナギ養殖の源流 ── 汽水域がもたらす大自然の恵み
- 十郎島と川袋 ── 激流に削られた輪中集落と天竜川旧流路の記憶
- 掛塚の豪商・吉岡家と廻船問屋の繁栄 ── 江戸・信州を結ぶ木材流通のダイナミズム
- 竜洋大砂丘と防風林(黒松林)の維持管理 ── 飛砂との世紀の闘いと防潮の歩み
- 竜洋町の誕生と近代行政のあゆみ ── 掛塚・十束・袖浦が描いた「竜の洋」の合併史
- 旧竜洋町になるまでの変遷 ── 江戸・明治・大正期の町村沿革と生活圏の形成
福田ふくで
- 福田湊の発展と遠州の漁業史 ── 黒潮の恵みと太田川河口の天然湊
- 福田港のシラス船引き網漁と沿岸漁業 ── 日本屈指の漁獲量を誇る白いダイヤの歴史
- 別珍・コールテンと福田の織物産業 ── 「世界のコーデュロイ」を産んだ職人の技と歩み
- 太田川河口のウナギ養殖と淡水水産 ── 豊かな水系が育んだ養殖フロンティア
- 福島村から福田町への改称と近代行政 ── 「福の田」が紡いだ市町村沿革史
- 豊浜の砂丘と黒松防風林 ── 海風と飛砂に挑んだ不屈の農地保全史
- 福田まつりと華麗な中泉式屋台 ── 海を渡り届いた彫刻美術と笛の音
- 太郎馬新田と清庵新田の開拓史 ── 太田川下流低地を拓いた江戸期の土木情熱
- 福田の寺社仏閣と信仰の歴史 ── 海上安全と家内安全を祈る海のまちの社寺
- 福田の暮らしと食文化 ── カツオ・シラスの海の幸と砂地が育んだ芋の記憶
- 福田の年中行事と昔ばなし
- 正月から春へ ── 福田の年始行事と村の信仰
- 春から初夏へ ── 農事、寺社、講がつないだ地域共同体
- 夏と盆 ── 供養、水辺、家の記憶
- 秋から冬へ ── 祭礼、講、神仏への祈り
- 福田の昔ばなしと語りの文化 ── 伝承を地域史として読む
- 福田 年中行事・民俗語彙索引(資料編)
- 絹本着色釈迦十六善神画像